一緒にいてもさほど楽しくなくなってきた
向こうもどうやらそのようだ

じゃあちょうどいいや、もうあと半年で、出会う前の関係に戻しましょう




また一つ、私のことを家族だと思ってくれてる存在を失った

家に帰った瞬間の、あの愛おしさ、待ってくれてたっていう安心感、私を何回も笑顔にしてくれたあの瞬間が、何回もフラッシュバックしちゃって、もうたまらない

我が家の一員になってくれてありがとう、他のどの子でもない、るーだったからだよ
大好きだよ一生わすれない苦しい時、背中なでてあげれなくてごめんね?るーは我が家に来て幸せだったかな?
最後に1度でいいから、抱きしめてあげたかった
るーのぬくもりを、あと1回でいいから、肌で感じたいよ
あの時が最後になるならもう一生撫でなくていいくらい、思いっきり撫でてやればよかったもう遅いよねごめんね
向こうで待っててね、多分まだまだだけど、いつか絶対会おうねそしたらぎゅーして一緒に寝よう、るーの大好物も、大好きなぬいぐるみも、いろいろもっていったげる、だからそれまで私のこと忘れないでね

絶対忘れない。るーの喜んだ顔も怒った顔も眠そうな顔も匂いもどんな瞬間も、全部。

でもたまには夢の中にでも会いに来てね、そうじゃないと喪失感に押しつぶされそうで、耐えられないから



.




苦しいほど愛おしい、この土地とともにあるヒトや思い出


それら全てが私を作ってる

しがらみも醜い感情も何も湧いてこないことが、こんなに幸せだったかと胸に突き刺さる

私の人生には、彼らが必要だ


.




この世の果てかと思うくらい、トイレで1人思い出し笑いしてしまうくらい、人を見知りますよはい、

たぶんあの人たちにとってもこんな見知ってる人と出会えたことは人生の一つの経験になるはずだね、ぷぷ、

こんちきしょう。


.



常識がなんだ
定義がなんだ
そうゆう形式にとらわれないからこそ、想像を超えた成果が手に入るんじゃないか

普通を求めるくらいなら、こんなに努力してないよ
人の上に立ちたいから、将来人よりいい暮らしがしたいから、がんばるんじゃないか
人格的にも金銭的にも貪欲な、いやらしくて醜い感情こそが、いかにも生きている証であって。
でもどんなに醜くても、先にあるそうゆう美しい世界こそが、人間の原動力になると思うんだよね
ま、あくまでもなにを美しいとするかは、人間個人によって様々だけどね
常識と共に生きる普通の日常が美しいと思うのならば、それはそれでいいよ
ただ、普通を手に入れるために努力するってのは、あまりにも自分の可能性を潰していませんか?って私は思うわけ。




.



笑顔が信じられないんですよ

人のはもちろん、自分のも。
不信を超えて、恐怖さえも感じますね

この中に本物の笑顔が確実にあるのに、それに気づけないんです

全部、怖いんです


.



別れに次ぐ別れ
人がいずれ言葉を発さなくなることを私達はいつからか、常識として捉える
動くものはいずれ動かなくなるのが世の常だけれど、人間はいつも、それに伴う喪失感からは目を背けようとする
長い間お疲れ様、今までありがとうなどと、中身のない屍に声をかけては、見たくない現実と向き合ったことにするのである
私はいつも思うのだ、一方通行だと。一連の儀式は、残された者の自己満足だと。
真に向き合うとは、身体が感情という中身をもつ内に、別れを伝えることではなかろうか
人間同士の永遠の別れは、残される者、そして屍となりゆく者の双方が認識して始めて、「別れ」なのだとおもう
田舎に老いた両親を置き、子は都会で働くことがもはや必然となりゆくこの世界で、そのような真にあるべき「別れ」ができるのは、おそらくほんのひと握りであろう



.
.


.




 犬一匹がいないだけでこんなにもさみしいものか
 ベッドに一匹分のスペースがないだけで、こんなにもさみしいものか
 心のからっぽ感が、すごい
 さみしいな


.