別れに次ぐ別れ
人がいずれ言葉を発さなくなることを私達はいつからか、常識として捉える
動くものはいずれ動かなくなるのが世の常だけれど、人間はいつも、それに伴う喪失感からは目を背けようとする
長い間お疲れ様、今までありがとうなどと、中身のない屍に声をかけては、見たくない現実と向き合ったことにするのである
私はいつも思うのだ、一方通行だと。一連の儀式は、残された者の自己満足だと。
真に向き合うとは、身体が感情という中身をもつ内に、別れを伝えることではなかろうか
人間同士の永遠の別れは、残される者、そして屍となりゆく者の双方が認識して始めて、「別れ」なのだとおもう
田舎に老いた両親を置き、子は都会で働くことがもはや必然となりゆくこの世界で、そのような真にあるべき「別れ」ができるのは、おそらくほんのひと握りであろう



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 犬一匹がいないだけでこんなにもさみしいものか
 ベッドに一匹分のスペースがないだけで、こんなにもさみしいものか
 心のからっぽ感が、すごい
 さみしいな


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続き...




平凡で穏やかで、裏切りも隠し事も嘘もない、ひたすら公平な愛だけで満たされている人生などどこにもない。
人は苦しみからも逃れられない。
ほんの少しその苦しみを軽くしてくれるもの、きっとそれが秘密である。



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否定も肯定もしないのが、1番らくちん
他人事だもの

それが、にんげん。


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器の大きい人ってほんまかっけーな
一生かなわんわ


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いくら自然の摂理だとしても、わたしはきっと、受け入れられないんだろう

そして今悟る
自分が大人になるということそのものが、その訪れを意味しているのだと


60年後、きっと「その時」は終えているだろう
しかしそれでもなお、わたしはきっと生きている

生きているわたしはどう想っているのだろう
表には出さずとも、消えることのない、埋まることのない、寂しさを抱えているのだろう

受け入れられないのだ

たとえ、それが自然の摂理だったとしても

誰もが通らねばならない、避けられない出来事であったとしても




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ありがとう
あなたの声が聞け、顔が見れると
大きな大きな安心感があります

そしてなにより、

わたしの帰るべき場所はここだと、強く指し示してくれる、あなたはわたしにとって、そんな存在です



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